自閉症の親子に光を与えた【ローナ・ウィング医師】彼女も自閉症児の親だった

2020年5月20日

ローナ・ウィング医師_eyecatch

自閉症は親のせいであるとする時代の中、そうではないと報告し、正しい自閉スペクトラム症の概念を世界に広めるために活動した女性の精神科医がいました。

イギリスのローナ・ウィング(Lorna Wing)医師です。

後に権威とまでなった彼女が自閉症の研究を始めたきっかけは、愛おしい娘が自閉症児と分かったことでした。

いつの時代、どの場面でも親の情熱は偉大です。

今回は、極端に偏った自閉症の認識を、正しい今の概念へ導いたウィング医師について詳しく見ていきます。

28歳でお母さんに

自閉症がカナー医師の定義のものであった時代の1956年、イギリスの精神科医ローナ・ウィングは28歳で待望の女の子スージーを出産しました。

ローナウィング医師
イギリスの精神科医ローナ・ウィング(Lorna Wing)(1928〜2014年)アスペルガー症候群、自閉スペクトラム症の名づけ親。自閉症の親であり、権威ある精神科医として活躍し85歳で亡くなりました。画像はTHE LANCET: “Lorna Wing"より

待望の愛しいわが子、成長する共にこんな特徴が出始めたのです。

When still very young this much wanted child began to worry both parents on account of “her lack of communication and social interaction, lack of pretend play and her repetitive behaviour”.

THE LANCET: “Lorna Wing"より引用

彼女の夫もジョン・ウィングという有名な精神科医でした。

ウィングも夫のジョンも、スージーに医学的な働きかけをたくさん行いました。

しかし、スージーは見ているものを認識することを学びませんでした。

娘が3歳の時、自閉症と理解する

ウィングがスージーが重度の自閉症であることを理解したのは、夫のジョンが著名な児童精神科医ミルドレッド・クリーク(Mildred Creak)医師による講義に出席したのがきっかけでした。

イングランドの小児精神科医ミルドレッド・クリーク(Mildred Creak)(1898〜1993年)当時自閉症は親のせいとされていたが、主に遺伝的要因によるもだと主張した。また、1960年初頭に自閉症診断基準を確立したworking partyの議長を務めるなど、女性医師の活躍が困難な時代に自閉症界に大きく貢献している。画像はQuakers in the World: Mildred Creakより
POINT

ウィング医師の娘は、重度自閉症児だった

自閉症の研究をすると決断

精神科医だったウィングは娘が自閉症と理解した時、すでにさまざまな種類の精神疾患の電気生理学的研究で評価をされていました。

しかし、当時自閉症の権威だったカナー医師の「自閉症は冷たい親のせいで引き起こされる」という主張に疑いを持つとともに、自閉症児を育てるには適切な支援の必要性を感じていました。

そこで、今までの研究分野ではなく、自閉症について研究することを決めたのです。

世界初の自閉症協会を発足

1962年5月、世界で初めてとなる自閉症協会(英国自閉症協会(National Autistic Society))を自閉症児の親であるヘレン・アリソン(Allison,G.H.)らと共に発足させました。参考:東京都立大学機関リポジトリ「英国自閉症協会の設立と発展」東京都立大学 久保紘章教授(1995年)

当時はカナー医師の定義による自閉症児中心のサポート活動でしたが、同じようなサポートを必要としている類似した子どもたちの存在に気が付きました。

POINT

ウィング医師は、自閉症児以外にも、同じようなサポートを必要としている「自閉症に類似した子ども達」に気が付いた

疫学調査・研究を開始

そこで知能のレベルに関係なく、自閉症または自閉症のような状態にあるすべての子供を特定するための調査・研究を始めました。

同僚のジュディスグールド博士と共に、イギリスロンドンの一つの地域で1つの地域で15歳未満のすべての精神的・身体的障害のある子供について調べました。

その結果

カナー医師が定義した自閉症よりも遥かに幅の広い自閉症児大勢いることが明らかに。

しかも通常の学校に通い社会的支援を得られていない子については未調査のため、さらに多くの悩める子どもたちが存在することも示唆していました。

アスペルガー医師による1944年の論文発見

ウィングはそれまで注目されていなかったアスペルガー医師の論文を発見しました。

その論文はドイツ語で書かれており、英訳されていませんでしたが、夫のジョンがドイツ語ができたためすぐに翻訳することが出来ました。

自閉症の特徴はあるけれど文法的に話し、ある程度社会的適応がなされている症例が書かれていました。

そして研究の結果から、カナー医師の自閉症とアスペルガー医師の自閉性障害は関連していると見なしました。

適切な社会的相互作用、言語・非言語的コミュニケーション、想像力の発達に必要であると思われる脳機能の特定の側面に共通の障害を持っている可能性が高いと結論に至ったのです。

論文「アスペルガー症候群:臨床報告」報告

その後、ウィングは53歳の1981年に「アスペルガー症候群Asperger’s Syndrome)」と命名した論文を提出しました。内容の詳細は、下記ページに解説しています。

この論文中で、ウィングはカナーが提唱している自閉症の原因否定しました。(参考までに、現代の自閉症の原因については、下記ページで詳しく説明しています。)

ウィング医師によるこの研究以降、専門家の間でアスペルガー症候群が徐々に注目されるようになりました。

POINT

ウィング医師が、「アスペルガー症候群」という論文を発表し、その名付け親となった。

また、その論文により、カナーによる「自閉症の原因が、冷淡な親のせいである」という主張が間違っていることを世に知らしめた。

またウィング医師は、下記についても提唱しました。

  • カナー医師が定義した自閉症規準を厳密に満たしている自閉症を「カナータイプ自閉症」「典型的自閉症」
  • アスペルガー医師が報告するタイプに近い自閉症を「アスペルガータイプ自閉症」「アスペルガー症候群

「自閉スペクトラム症」を提唱

その後、1998年に自閉症史上とても重要な「自閉スペクトラム症」という概念を提言しました。

POINT

ウィング医師は、さらに「自閉スペクトラム症」という概念も提言し、その名付け親でもあった

経緯や世界的に認められるようになる道のりは、下記のページをご覧ください。

まとめ

今回はローナ・ウィング医師の自閉症に関する研究のきっかけとアスペルガー症候群を命名するまでの研究を中心に説明をしました。

もし彼女がその研究を行わず、今でもカナー医師の定義する自閉症しか認められず、原因が親のせいとなったままだったらと思うと恐怖です。

自閉症児を持つ私たち家族の運命も大きく違ったと思います。

彼女が自閉スペクトラム症のを提言した1998年に出版した本には、自閉症児を持つ親への支援方法も多く書かれています。

彼女に尊敬の意を示しながら、私も子育てを頑張ります。

最後まで読んで下さって、ありがとうございました!

補足

社会的相互作用とは?

日常的な他人とのやりとりのことです。知り合いと会って「こんにちは」と言われたら「こんにちは」と言ったり、「今度一緒にご飯行かない?」と誘った時の相手の(言葉ではなく)反応でこちらへの好意を何となく察知し対応したりすることも社会的相互作用と言えます。

社会的相互作用とは、人々が状況に意味を持たせ、他者が意味しているものを解釈し、それに応じて反応する事象である。

wikipedia「社会的相互作用」より引用

元に戻る↑