自閉症の【歴史】はたったの約80年!自閉スペクトラム症(ASD)にまとめられるまでの道のり

2020年4月29日

自閉症の歴史はたったの80年

自閉症の【歴史】は、人類史上ではとても浅いということをご存知ですか?たった約80年前です。

今回は、自閉症が初めて臨床報告されてから、自閉スペクトラム症に統合されるまでの歴史を解説します。

80年の歴史は浅い?

80年前と聞くと、とても昔の印象がありますよね。自閉症が初報告された1943年は、和暦では昭和18年。時代背景は第二次世界大戦中です。

そこまで古いと立派な歴史に思えます。

しかし、医学的にはとても浅いのです。

比較対象

例として、よく知られている「がん」や「知的障害」がいつ頃から知られているか見てみましょう。

「がん」紀元前400年頃から「知的障害」紀元前500年頃から/現在と近い形では18世紀頃には医学書に登場しています。

さらに知的障害であるかどうかの基準として有効活用されている知能検査は、1905年には今とほぼ変わらない形で開発され確立されていました。

詳しくは下記ページの「ビネーとは?」項目をご覧ください。

80年前の自閉症と、2500年前のがんや知的障害を比べると、自閉症が非常に新しい症例であることが分かりますね。

「自閉症」の歴史

自閉症、自閉スペクトラム症の歴史を簡単に調べると、一般的には下記のように、数行でまとめられます。

  • 1943年:アメリカのレオ・カナー 医師により「自閉症初報告
  • 1944年:オーストリアのハンス・アスペルガー(Hans Asperger)医師によってアスペルガー症候群」(当時は「情動的交流の自閉的障害」)初報告。しかし注目されず
  • 1981年:イギリスのローナ・ウィング(Lorna Wing)医師がアスペルガー医師の論文を再発見する。論文を英訳し、「アスペルガー症候群」の命名・提唱をする。
  • 1998年:ローナ・ウィング医師らにより「自閉スペクトラム症」の考えが提唱される。
  • 2013年:アメリカ精神医学会のDSM-5にて「自閉スペクトラム症」としての定義が採用される。

では、詳しく見ていきましょう。

1943年 カナー医師による自閉症の初報告

自閉症は、1943年に50歳レオ・カナーLeo Kanner)医師によって初めての臨床報告が行われています。

カナー医師は、36歳でジョンズ・ホプキンズ大学の児童精神医学部門の創設者となるような優秀な医師でした。ジョンズ・ホプキンズ大学は世界屈指の医学部をもつアメリカ最難関大学の一つです。

レオカナー医師
画像はwikipediaより

アメリカで初めての児童精神科医になった彼は、自閉症を初報告する8年前に「児童精神医学」という学会に向け教科書を作成し、研究者たちに大きな影響を与えていた存在でした。

彼の論文は、今でも自閉症研究の基盤となっています。

自閉症の初めての臨床報告

レオ・カナー医師は11人の独特な症状を持つ子供たちを報告し、翌年「小児自閉症」を定義する論文を発表

論文名:「情緒的接触の自閉症障害」(Autistic Disturbances of Affective Contact, Nervous Child, 2, pp.217-250.,(1943)

11人の子どもたちは

  • 親の呼び掛けにも反応せず「他者へ意識を向ける社会的本能がない」
  • 言葉を他者とのコミュニケーションツールとして使用しない
  • 同一性保持の強迫的執着
  • (予期しない)変化への激しい抵抗
  • 一部には潜在的な特殊な能力を持つ者もいる

といった極端に限定的な症例でした。

世界で初めて自閉症と診断された上記のドナルド・トリプレット(Donald Triplett)氏は一人目の症例として、他の症例よりも多くのページを割いて報告されています。

POINT

カナー医師の自閉症の定義は極端に限定的。

また、上記の論文内で自閉症を「先天的」と表記はしたものの、彼は自閉症の原因を冷静で冷酷な親による愛情不足と育て方にあるとしていた。参考:THE LANCET “Leo Kanner, Hans Asperger, and the discovery of autism

CHECK

明白な自閉症の特性を持つ人を「カナー型」と呼ぶ由来はこのカナー医師から来ています。

1944年 アスペルガー医師による情動的交流の自閉的障害の初報告

カナー医師による自閉症初報告の翌年、現・アスペルガー症候群の初報告がされました。

報告をしたのは、ハンス・アスペルガーHans Aspergerという、カナー医師のいるアメリカから遠く離れたヨーロッパ・オーストリアにいる38歳の小児科医でした。

アスペルガー医師
画像はBMCより

日本語では「小児期の„自閉的な精神病者”」という論文中で、「情動的交流の自閉的障害」を定義、報告したのです。

現・アスペルガー症候群の初めての臨床報告

アスペルガー医師はウィーン大学の自分のクリニックに来る4人の子どもについて「現・アスペルガー症候群」となる「情動的交流の自閉的障害」と定義する論文を発表

論文名:「小児期の„自閉的な精神病者”」(ドイツ語でDie „Autistischen Psychopathen” im Kindesalter)、後に翻訳された英語では「情動的交流の自閉的障害」(Autistic Disturbances of Affective Contact)

4人の子どもたちは、下記のような特徴を持つと報告された

  • 知的レベルは高い子から”弱い”と表現される子まで
  • 会話はできる子がほとんどだが一方的
  • 他者と共感する能力に欠け友人関係を築けない
  • 特定の興味に極度に没頭し、強いこだわりをもつ
  • 身体の使い方が不器用である
  • 4人とも男児

論文名に自閉的(ドイツ語でAutistischen)という用語が使用されているが、上記のカナー医師の定義する自閉(英語でAutistic)とは異なり、統合失調症の無為自閉のようなものという自閉。

POINT

彼は自閉症を天才から障害まで多種多様で幅広い連続体、また原因を遺伝によるもの(家族、特にそれらの特徴を持つ父親のいる家庭で発生する傾向がある)と考えていました。

その二点がカナー医師の定義と最も違う点です。

CHECK

実はアスペルガー医師は、カナー医師による自閉症報告より5年前に自閉症児についての講演と論文発表を行っていした!

詳しくは「カナー医師よりも先に自閉症研究をしていた【アスペルガー医師】とは?」ページをご覧ください。カナー医師に自閉症研究を伝えた医師の存在も明らかになっています。

アスペルガー医師の論文は注目されず、カナー医師の定義が注目された

現代の情報をもってすれば、カナー医師の定義とアスペルガー医師の定義、どちらが自閉スペクトラム症に対してより近いかは、一目瞭然でアスペルガー医師の定義なのですが。

当時はアスペルガー医師の論文はあまり注目されず、カナー医師の論文が注目されたのです。

カナー医師の自閉症定義により、多くの人が長く苦しんだ

自閉症の定義がカナー医師の定義の内容になってしまったため、自閉症児がいることは長年にわたり一族の苦悩の種となってしましました

そのため当時は、自閉症が治療(今でいう療育)の対象になることもなく、早い段階から施設へ送られその子たちの存在も、自閉症の概念も、世間一般には知られないままでした。

カナー医師の極端な考えに対して、疑問を持って検証し始め、その研究が認められたのは、約30年後の1970年代に入ってからのことでした。その研究を論文にまとめ、世界の考えを変えることに成功したのは、下記のローナ・ウィング(Lorna Wing)医師です。

1981年 ウィング医師による「アスペルガー症候群」の再発見

長年注目されなかった1944年のアスペルガー医師の論文を、発見・広く注目をさせた人物はイギリスの精神科医ローナ・ウィング(Lorna Wing)です。

自身の研究も含め、カナー医師が定義した自閉症より遥かに幅の広い自閉症児大勢いるカナーが提唱した自閉症の原因には証拠がないことを下記論文にて報告しました。

ウィング医師によるこの研究以降、専門家の間アスペルガー症候群徐々に注目されるようになりました。

CHECK

彼女が自閉症研究をするようになったきっかけは自分の娘が自閉症だったことです。詳しくは「自閉症の親子に光を与えた【ローナ・ウィング医師】彼女も自閉症児の親だった」ページで説明していますのでご覧ください。

1988年 映画により自閉症が世間に知られる

一方、世間一般には自閉症自体があまり知られていないものでした。

そんな中、1988年にダスティン・ホフマンとトム・クルーズが主演した「レインマン」という映画が公開され、翌年アカデミー賞・ゴールデングローブ賞をはじめ多くの受賞しました。

自閉症を題材とした映画レインマン
映画「レインマン」自由奔放な青年と重度自閉症の兄との出会い、兄弟愛、人間の変化を描いたヒューマンドラマ。画像はAmazonより

「レインマン」は重度自閉症でサヴァン症候群について描かれた映画でした。

この映画のヒットをきっかけにして、専門外の医師や一般の人々も自閉症について広く認識され始めたと言われています。

1991年 「アスペルガー症候群」のもとになった1944年論文の初翻訳

ロナー・ウィング医師が1981年に発表した論文で再発見された、1944年のアスペルガー医師のドイツ語の論文が、ロンドン大学のユタ・フリス(Uta Frith)教授の論文によって初めて英語翻訳されました。

参考:Frith, U. (1991). Asperger and his syndrome. In U. Frith (Ed.), Autism and Asperger Syndrome (pp. 1-36). Cambridge: Cambridge University Press. DOI:10.1017/CBO9780511526770.001

ウタフリス教授
画像はwikipedia

そこにはアスペルガー症候群についての研究報告の他、アスペルガー医師自身の幼少期のことから、医師としての活躍についても記載されていました。

それにより、より多くの人がアスペルガー症候群について注目をするようになりました。

1998年 自閉スペクトラム症の概念提唱

認識の高まりや社会的サポートは、知的障害を伴うようなカナータイプの自閉症については徐々に浸透していきました。知的障害や自閉症の関係性については下記ページにて詳しく説明していますので、そちらをご覧ください。

一方、知的障害を伴わないようなアスペルガー症候群については、まだ十分ではありませんでした。

また、カナータイプでもアスペルガータイプでもないが、当時の自閉症の診断基準となる3領域の障害をもつ人がいることも分かっていました。

そこでローナ・ウィング医師は、1998年に「自閉スペクトラム症:親と専門家のためのガイドブック」(The Autistic Spectrum: A Guide for Parents and Professionals)という本を出版したのです。

スピーチするローナウィング医師

彼女は、一見自閉症とは分からない人たち

  • 正しく社会的サポートが受けられるように
  • 境界線を設けることのないように

重度から高機能までの自閉症をスペクトラムとしてとらえる概念を提唱したのです。

2013年 世界的に自閉症もアスペルガー症候群も自閉スペクトラム症と見なされる

彼女の提唱は世界的に認められ、2013年にはアメリカ精神医学会の発行する操作的診断基準【DSM-5】で採用されました。

現在に至る

上記のことから、自閉スペクトラム症の認識と概念は、世界に広く知れ渡たるようになり現在に至っているのです。

現在の自閉スペクトラム症の診断基準については、下記ページに詳しく解説していますので、ぜひ併せてご覧ください。

世界で初めて自閉症と診断された方

初めて自閉症と診断されたドナルド・トリプレット氏

歴史が浅いゆえ、世界で初めて自閉症と診断された方は、まだ生きてらっしゃいます。(2020年4月現在)

世界で初めて自閉症と診断されたのはアメリカ人男性のドナルド・トリプレット(Donald Triplett)氏です。

初めて自閉症と診断されたドナルド・グレイトリプレット氏
画像はwikipediaより

1933年9月8日生まれの彼は2020年4月現在、86歳でご健在です。

自閉症の定義者であるカナー医師により「自閉症」と最初に診断されたアメリカ人男性です。

小さい頃は親の呼び掛けにも反応しなかった彼は、サヴァン症候群であり、特にピアノで演奏音符を付ける能力、迅速な乗算能力を持っています。

当時としては珍しく、両親や周りの人に恵まれました。

高校は地元の学校、大学はMillsaps大学で学士号を取り卒業。仕事は銀行で出納係をお勤めでした。

車の運転も好きで世界中を旅行しています。

車の運転も好きで世界中を旅行しています。

定義前の自閉症の人々は?

「自閉症」が定義される前から、自閉症の症状を持つ人々はもちろん存在していました。

記録のある遠い昔しの話としては、今から220年以上前の1800年頃でも見られます。

アヴェロンの野生児としてご存じの方もいるかもしれませんが、彼は12歳の時フランスの森で裸の状態で捕虜され、カナー医師が定義した自閉症にとてもよく似た特徴を持っていました。

教育の臨界期を過ぎてしまったせいか、自閉症だったのかは分からないとのことですが。

その頃の時代には、何人もの野生児が発見・捕虜されたという報告もあります。

定義前の自閉症人々の事や、日本での自閉症の歴史などは後日詳しく説明したいと思います。

まとめ

初めて自閉症と診断されたの方と同じ時代を生きているなんて驚きでした。

いかに自閉スペクトラム症についての研究の歴史が浅いかが分かりましたね。

最後まで読んで下さって、ありがとうございました!