ローナ・ウィング医師の論文「アスペルガー症候群:臨床報告」

ウィング1981年アスペルガー症候群という論文の詳細_eyecatch

極端に狭い定義であった自閉症現在の自閉スペクトラム症へと変えたのは、自閉症児の親でもあるイギリスの精神科医ローナ・ウィングによる活躍によるところが大きいです。→詳細はこちらのページにて

そのおかげで一般認識も広がり、多くの人が現代のようなサポートを受けられるようになりました。

今回は、そんな彼女の自閉スペクトラム症の考えの原点になる「アスペルガー症候群:臨床報告(Asperger’s syndrome: a clinical account)」という1981年の論文内容について詳しく見ていきます。

論文の症例とした人々

アスペルガー医師の論文

「アスペルガー症候群:臨床報告(Asperger’s syndrome: a clinical account)」という論文は、1944年のアスペルガー医師の論文内容と、自身が研究した34症例に基づいてまとめられています。

彼女が研究した34症例

その34人については、ローナ・ウィング医師が直接診察、長期間の観察を行っています。

  • 5歳~35歳の34人
    • 19人は典型的な病歴と特徴を持つ。男性15人、女性4人
    • 15人は多くの特徴を持っているが、初期の病歴はなかった。男性13人、女性2人
    • 診察の経緯
      • 6人:ウィング医師とグールド博士による免疫学的調査により特定
      • 11人:両親が診察に連れてきた
      • 2人:校長先生からの紹介
      • 15人:他の精神科医からの紹介
  • 女の子より男の子によくみられる。双方向の社会的相互作用の同じ問題がある

論文の概要

  • 彼らには下記部分の「欠如または障害」が集まっていることが確認できた。(※)
    1. 双方向の社会的相互作用
    2. 言語的および非言語的コミュニケーションの理解と使用
    3. 真実で柔軟な想像力に富む活動(情動的・限定的な行動)
  • 彼らのような人を「アスペルガー症候群」と定義したい。
  • 「アスペルガー症候群」はカナー医師の定義する小児自閉症と共通し、区別する必要はないのではないか。
  • 「アスペルガー症候群」の特徴は、人によりばらつきがある。
  • 下記全ての特徴が診断時に見られる人はまれ。
  • 十分に長い期間、注意深く観察することで特徴を持っていると分かることもあった。

※これは今では「ウィングの三つ組み」と称され、自閉スペクトラム症の理解する概念として知られています。(最新のDSM-5では1,2を区別せず「社会コミュニケーションの障害」とまとめている)

特徴の記述

双方向の社会的相互作用の障害

  • 恐らく双方向の社会的相互作用の障害が最も明白な特徴
  • 発言やジェスチャー、姿勢、動き、コンタクト、他人との距離感から暗示される複雑で常に変化する状況、ニーズに対し、直感的に言動を適応できない
  • 本人たちも上手くいかないことに気が付いて克服しようと努力する。しかし不適切な方法で上手くいっていない
  • ごく少数の人は共感の欠如により、他人を傷つけたり反社会的な行動の経歴がある。異性との関係では警察沙汰になることもある

発言

  • 初語に遅れは見られない。歩き始めが遅いことがある
  • 文法はゆくゆく習得できるが、代名詞の使用が難しい
  • 発言内容は独特。特定の分野の知識が豊富。好きなことについてはとても長く話す
  • 時々、単語やフレーズを単調に何度も繰り返す
  • 口頭での微妙な冗談は理解できず真に受けてしまう(簡単なユーモアは理解できることもある)

非言語的コミュニケーション

  • 無表情なことが多い(怒りなど強い感情は表情に出る)
  • 声のイントネーションは単調
  • ジェスチャーは限定的で、大きく不器用、会話と合っていない
  • 他人の表情やジェスチャーの理解力が低い。そのため誤解や無視をする可能性がある

反復的な行動と変化への抵抗

このページの後半にある自閉症とアスペルガー症候群との比較テーブルを参照してください

運動能力

  • 姿勢や歩行が奇妙に見えたり、ほとんどの人は運動能力を伴うゲームが苦手である

スキルと興味

  • 典型的な形の症候群の人は、特定のスキルと障害を持つ。天文学、バスの時刻表など、1つまたは2つの主題に強く興味を持ち、素晴らしい記憶力で可能な限り情報を吸収する。その情報の真の意味は理解していない。
  • 会話する場合、相手が興味あるかどうかではなく、自分の興味のあることを詳しく話す
  • チェスなど暗記が必要なボードゲームに優れていたり、音楽能力にたけている人が多い
  • 一部の人は、学習上の問題がある

学校での経験

  • 言語的・非言語的コミュニケーションの障害と特別なスキルから、とても変わった印象を与えるため、学校ではいじめられることもある
  • いじめの結果、不安や恐れを抱き続けることもある
  • 一方で運が良ければ、奇抜な「教授」として受け入れられてその能力が尊重されるかもしれない
  • 先生の理解がないと問題児とされることがある
  • 思春期頃には自分が他の人と違うことに気が付き始め、周りの評価に過敏になる

アスペルガー医師の定義する特徴との違い

追加項目

  • ごっこ遊びをしない
  • 出産時の無酸素症をはじめ、妊娠・乳児期に脳損傷を起こした場合もこの症候群になる可能性がある(約半数がそうであった)

反対項目

  • アスペルガー医師は特に言語との密接な関係を見出し、その言語は「歩くより前に発達・スキルが高い」としていた。しかし、長期に丁寧に観察することで、下記のことが言える
    • 言語発達スピードは人による
    • 高いというより、暗記的なもの・内容が貧弱
  • アスペルガー医師は知能が高く、特定の分野で独創性と創造性の能力があるとしていた。しかし、下記のことが言える
    • 知的テストの結果を引用していない
    • 特定の分野の知識には富んでいるが、思考プロセスは狭く、文字通りで、基本的な意味の理解は貧弱、論理的な推論の連鎖に限定されているという表現が正しい

原因に関する記述

  • 特定の器質的病理は確認されていない
  • メンタル的なものや子育てを原因とする証拠は、裏付けられない
  • アスペルガー医師はこの症候群は遺伝的で特に父親からの影響が高いとしたが、(本研究では家族の調査は行っていないが)両親の社会的階級や教育レベル、性格との関連性があるようには見えなかった

参考までに、現代で考えられている自閉症の原因については、下記ページで詳しく説明しています。

識別診断についての記述

正常な人との識別

アスペルガー症候群の特徴は正常な人口の中でも様々な程度で見つけられるが、下記が異なる。

  • 社会的相互作用のスキルのレベル
  • 非言語的社会的手がかりを読む能力

正常と思われている一部の人は、アスペルガー症候群と分類される可能性がある。なぜなら、これらの人々は、これらすべての特徴の正常な連続体の最果てにいるためである。

小児自閉症

アスペルガーは、カナーの定義する自閉症と多くの類似点があったことは認めた。しかし、自閉症を精神病のプロセスと見なし、彼の症候群を安定した性格特性と見なしたため、それらは異なるとしました。

他の研究者でも、Van Krevelen(1971)Wolff&Barlow(1979)はアスペルガー医師に同意しています。

一方、この論文でウィング医師は、障害の重い軽いに関係なく、彼らは言語的と社会的の障害発生に同様の問題を(ウィングの三つ組み)が共通することから区別する必要がないとしました

自閉症との比較

項目自閉症アスペルガー症候群
子どもの頃の言語発達孤独で他人に無関心、ミュートであるか、発話が遅れて異常な発話をしている受動的であるか、不適切な一方的なアプローチをする。
良い文法と語彙で話すことを学んでいる(ただし、若いときは代名詞を逆にすることもある)。
しかし、彼のスピーチの内容は社会的文脈には不適切であり、複雑な意味の理解に問題がある
非言語コミュニケーション
(両者ともひどく損なわれる。どちらの場合も単調または特有の声のイントネーションが特徴的)
初期の段階では、意思疎通のためのジェスチャーは使用されない場合があるスピーチに伴うジェスチャーの使用が不適切である傾向がある
反復的な行動・興味と変化への抵抗(↑)自閉症の子供は、定型化された反復的なルーチン(特定の抽象的なパターンで配置する等)を行う数学的な抽象化に没頭、または彼の特別な興味に関する情報を蓄積している
無関心、苦痛および魅力を含む、感覚入力に対する異常な反応自閉症の特徴見られない
運動領域
(有用な識別ポイントではなさそう)
自閉症とアスペルガー症候群の項目別での比較

統合失調症

  • アスペルガー症候群の成人は、統合失調症を患っていると診断されることがある
  • この症候群と統合失調症との間の厳密に定義された特別な関連の確固たる証拠はない

※名古屋大学の尾崎 紀夫教授らの研究グループは、ゲノム解析の結果、発症に関与する病的意義をもつCNVと生物学的なメカニズムに関して、自閉スペクトラム症と統合失調症に重複する部分が存在すると報告しています。この研究はアメリカ科学雑誌『Cell Reports』2018年9月11日付にも掲載されています。

両疾患の患者の各々約8%で病的な意義をもつゲノムコピー数変異を確認し、両疾患で変異の重複(オーバーラップ)する部分があることを確認した。

両疾患の生物学的な発症メカニズムにおいても広範なオーバーラップを認めた。

国立研究開発法人 日本医療研究開発機構 プレリリース「自閉スペクトラム症と統合失調症:2つの精神疾患における発症メカニズムのオーバーラップを発見!―ゲノム医療への展開に期待―」より引用

その他

診断の精度を改善し続けることが重要

他、シゾイド人格、強迫神経症、感情的条件、その他の精神病症候群項目は今回省略します

管理と教育の記述

  • 治療法はないが、適切な管理と教育でハンディキャップを減らすことができる
  • 規則正しく組織化されたルーチンのある環境で最もよく反応する
  • 保護者や教師が特性を理解し、子どもが理解できる方法でコミュニケーションをとることが重要
  • 反復する言葉や行動はやめさせられないが、時間と忍耐をもって、社会的に適合させられることができる(1979年のアスペルガー医師は障害児の自由を尊重するべきとしている)
  • 自閉症の療育内容も有用である
  • 教育は、成人してから自立するために特に重要となる
  • 教師は彼らの特性を理解する必要があり、また、クラスメイトにからかわれたりいじめられることを防ぐ必要がある。教育による効果は、子どもの障害度だけでなく、教師の理解とスキルにも依存する
  • アスペルガー症候群のほとんどの人は定期的に仕事をしていて、そのような人は彼らの偏りのある特性を受け入れてくれる雇用主と同僚に恵まれている。(多くの場合、親が仕事を見つけてきた)
  • 将来過ごす住居についても注意点がある。最も簡単なのは親との同居だが、永遠には出来ない。部屋の片づけや衣類の着用・交換には適切なチェックが必要(日本でいうグループホームなどが一般的な選択になると示されている)

予後の記述

  • 予後は併発する精神疾患に影響を受ける。二次障害としての不安症やうつ病が見られることがある。社会的な自立には、セルフケア、雇用されるレベルの特別な能力、穏やかな性質が必要。
  • 精神疾患が併発した場合、その苦痛はアスペルガー症候群に理解のある人からのカウンセリングである程度軽減する可能性がある。

両親についての記述

親は子どもが小さいうちは奇妙な行動に混乱し苦しんでいる。子どもの障害を受け入れるためには、問題の性質の詳細な説明を必要とする。

6人の詳細な症状についての記述

この論文にウィング医師が診察・観察を続けた6人の症例が紹介されています。

上記のように概要をまとめたものよりも、症例を読む方がイメージがしやすかったです。

その症例については後日詳しく説明します。

参考

今回は2009年にCambridge University Press がオンライン公開したWing, L. (1981). Asperger’s syndrome: A clinical account. Psychological Medicine, 11(1), 115-129. doi:10.1017/S0033291700053332を特に参考にしました。

他に Semantic Sc??holar からも PDF ファイルを入手できます。

最後に

ウィング医師は1981年という時代に重度自閉症児の子育てをしながら、研究や調査、論文執筆をしていたと思うと頭が下がります。

彼女が自分の娘が自閉症だと理解した流れ、自閉症研究のきっかけなどは、下記のページに詳しく説明していますので、是非あわせてご覧くだい。

最後まで読んで下さって、ありがとうございました!