【インクルーシブ教育システム】とは?|合理的配慮の実例|課題
インクルーシブ教育システムとは?
皆できるだけ一緒に学ぼう
インクルーシブ教育システムは、障害のある子もない子も、皆できるだけ同じ学習環境で学ぶことを目指す教育スタイルのことです。
人種や貧困なども含めたあらゆる差別を排除する概念で、世界各国で推し進められているシステムです。1)
具体的な対策例は?
インクルーシブ教育システム構築のために、全ての園や学校で下記などを含めた特別支援体制の整備を進めています。
- 「合理的配慮」の推進(後述)
- 「特別支援教育コーディネーター」の配置
- 「個別の教育支援計画」等の作成と活用
何歳児からが対象?
インクルーシブ教育システムに年齢は関係なく、学校はもちろんのこと、幼稚園、保育所でも推進されています。2)
園・学校は障害児をお断りできないのか?
いいえ、そうではありません。
インクルーシブ教育システムの概念は、幼稚園・保育所(以下、「園」と呼ぶ)、学校などが必ず障害児を受け入れなくてはいけないというものとは異なります。
インクルーシブ教育システムは、ただ定型発達児と同じ所に通わせればいいという考えではないからです。
包括的な教育とは、(中略)排除された子どもたちを通常学級に在籍させるだけで、これらを達成しているとは言えない。
Wikipedia「インクルーシブ教育」
次の章で詳しく説明していきます。
「合理的配慮」が必要
文部科学省は、インクルーシブ教育システム構築のためには「特別支援教育の推進」が必要とし、全ての園・学校で特別支援教育を行うことになっていますが、そのためには「合理的配慮」が必要になるのです。3)
理由
障害児は、ただ物理的に定型発達児の中に入れられたからといって、定型発達児のように発達するものではないためです。(詳しくは「自閉症児が通うのは幼稚園/保育園/支援センター?>決め手」にまとめています。)
特に幼児期は、早期療育の大切さも至る所で言われているように、その年代でしか習得が早く行えない発達もあるため、より一層の適切な配慮や環境が必要です。身体の障害があったり、医療ケアが必要であれは尚更です。
障害児は幼少期に必要なことを教わらなければならないが、通常学級でこれを習得することは困難であり障害者の社会進出に多大な影響がでることが予想される。
Wikipedia「インクルーシブ教育」
日本の障害児教育の第一人者であり、筑波大学名誉教授の中村 満紀男先生も、教職教養の教科書で障害児は計画的な教育が必要としています。4)
合理的配慮には基準はない・強制できない
出来る範囲で
しかし、合理的配慮は、受け入れ側に強制できるものではありません。あくまで園・学校が出来る範囲で取り組もうというものです。なので、保護者や本人が望む十分な環境を必ず用意してもらえるものではありません。
合理的配慮は、(中略)、負担が重すぎない範囲で対応すること(事業者に対しては、対応に努めること)が求められるものです。
内閣府 障害者差別解消法リーフレット「障害者差別解消法がスタートします!」p.6
過度の負担は課せない
上記にある「均衡を失した」や「過度の負担」はどの程度かというと、その基準は設けられておらず、受け入れ先に委ねられています。5)
受け入れが出来ない場合は
では、現状では頑張っても障害児を受け入れられない園・学校は、どうすればいいのでしょうか?
その場合は、ただ「うちは障害者を受け入れていません」というお断りではなく、受け入れられない理由を保護者にきちんと説明・話し合い・理解してもらう必要があると障害者差別解消法で定められています。6)
負担のない合理的配慮を行ってもらえる場合に、みんなと同じ環境に通うことが出来る
合理的配慮の実例
内閣府の報告
2017年11月に内閣府が報告した合理的配慮の提供等事例集では、あくまで一例で柔軟な対応が必要としたうえで、教育の事例として下記の5つを挙げています。
- 入学当初は特に、教室、階段、トイレの位置などが分からず、学校内の移動が不安になる。
- →入学の際に学校内の移動訓練を行った。
- 後で復習するときに使いたいので、授業を録音させてほしい。
- →授業の録音は禁止されているが、障害の状況から合理的配慮の提供に当たると判断し、録音機器の使用を認めることとした。
- 黒板に書かれている重要な箇所について、赤色のチョークで強調されると、色覚障害があるため分からなくなってしまう。
- →強調したい箇所があるときは、他の見やすい色のチョークを用いたり、カラーチョークではなく波線によって強調したりするなど、黒板の書き方を工夫することとした。
- 通常のテスト問題用紙では、印刷された文字が小さくて、弱視なので読むことができない。
- →拡大文字を使ってテスト問題用紙を作成した。また、拡大鏡などの補助具を使用できることとした。
- 拡大文字を使う配慮の提供を受けているが、教材が大きくなり机からはみ出してしまう。
- →座席配置を変更して、その学生が2つの机を使えるようにした。
参考:内閣府 障害者差別解消法【合理的配慮の提供等事例集】平成29年11月
時代が進むにつれ、もっと多彩な合理的配慮が導入されているといいなと、障害児の保護者として思います。
東京都日野市の一例
東京都日野市では、発達障害の子どもの教育に力を注いでおり、2008年から様々な合理的配慮を取り入れているようです。
例えば下記のような内容もあります。
- 授業中は、気が散りやすい子が黒板に集中できるように、掲示物にカーテンをひく
- 漢字が読みにくい子のために、プリントの裏にふりがなをふった文章をのせている
- 目的が曖昧だと混乱する子のため、授業の最初に焦点を示してあげる
- 耳で聞いただけでは理解しにくい子のため、文章の内容を読み解く際に写真等を使って視覚化する
上記のような取り組みは、障害児だけでなく、他の生徒にとっても分かりやすい授業となっているようです。7)
まだ課題もある
インクルーシブ教育は、共生社会の実現には欠かせないシステムで障害がある子にとってもない子にとってもメリットはいっぱいある中でも、デメリットもあり、その点を解消するためにまだまだ課題も残っているという情報が多かったです。
デメリットの代表例として、下記のような情報もありました。
障害児と同じ教室になったことがあり、担任教諭などの圧力によりいわゆる「お世話係」にさせられるなどされた者が、「迷惑を被った」などとして将来大人になった時に障害者排除の思想を持つ場合がある。このケースは、かえって障害児本人の心理的負担が増大するため、「インクルージョン教育の失敗」といえる。
Wikipedia「インクルーシブ教育」
先生の人材不足の問題も
小学校教諭を例に挙げると、2018年5月に放送されたNHKのハートネットTVでは、クラスに発達障害児がいる12年目の先生の悩みを取り上げ、「支援が必要な子どもと他の子どもへの対応の板挟みで悩む」という悩みと共に、「他の先生に補助を求めたくても、どのクラスも大変で、なかなか助けてもらえないのが現実」と人手不足についても指摘していました。12)
他にも文部科学省が報告した、平成24年の「特別支援教育の在り方に関する特別委員会」での意見でも、特別支援教育の推進のためには、教員の確保や人的な支援が必要という声があがっていました。参考:文部科学省 初等中等教育局特別支援教育課「資料6-5:特別支援教育の在り方に関する特別委員会(第12~14回)における教職員の確保及び専門性の向上に関する主な意見」
幼稚園教諭や保育士についても、障害児に対する加配職員は自由に導入できるわけではなく、私立幼稚園や無認可保育園では費用面のこともあり、特別支援教育に対する人材が十分とは言えないようです。詳しくは、下記ページにまとめていますので、是非あわせてご覧ください。
先生側の意見例
特別支援教育の理解不足という意見
NHKのハートネットTVで、2017年6月に募集した「障害のある子どもの学校生活の悩み」のカキコミ板には「昨年まで特別支援学校で勤務し、今年から中学校で勤務しています。」という現役の先生から「先生たちの特別支援教育の理解不足」を指摘する意見もありました。8)
現状では困難という意見
実際に、小学校の通常学級の教諭への過去の調査でも、インクルーシブ教育の必要性は理解しているが、現状から見ると困難という意識があることが報告されています。9)
保護者側も知識不足という意見
また、特別支援補助者からの意見として、先生方はインクルーシブ教育や特別支援に関する勉強をしてとても頑張っている一方で、保護者側が特別支援教育に関する知識がなく学校が歩み寄るのが難しいとの指摘もありました。10)
その他の意見
他にも下記のような意見もありました。
通常の学級を担当している教員は、教科の指導等についてはかなり専門的な力を持っているが、子どもの理解が十分でない気がする。教員が、学級全体をまとめるより先に、気になる子どもに目が行き、学級全体がおろそかになる。(中略)大学の教員養成課程で、このような授業が少ないのではないか。子どものことを分からずに教科の指導だけが先行すると、子どもはますます学校嫌い、教科嫌いを起こしてしまうのではないか。
文部科学省「資料6-5:特別支援教育の在り方に関する特別委員会(第12~14回)における教職員の確保及び専門性の向上に関する主な意見」平成24年02月
参考:特別支援学校へ通わせている保護者の意見
前述した「障害のある子どもの学校生活の悩み」のカキコミ板の意見の中に、「普通級・支援級・支援校・通級に優劣は無いはず」として、大切なのは「障害のある子を普通級に入れることを認めること」ではなく「どのような学歴、選択をも優劣なく尊重されること」とおっしゃっている保護者の意見もありました。11)
まとめ
今回は、インクルーシブ教育システムについての説明とその課題について見てきました。
障害児がみんなと同じ環境で学ぶことの大切さが分かる一方で、先生方の大変さも分かりました。
大切なわが子が障害児だった場合、どの選択がベストなのか親としては悩みますよね。
この記事がどなたかのご参考になれば幸いです。
今回はこの辺で。最後まで読んで下さってありがとうございました!
参考情報・文献の引用
1) インクルーシブ教育システムは世界的な流れ
現代では世界的に人間の多様性について尊重が強まっていますが、「インクルーシブ教育システム」は1990年代にアメリカやカナダを中心に広がりはじめ、今では国際連合教育科学文化機関(ユネスコ)でも推進され世界各国で取り組まれているシステムです。
日本でも世界と並行して、インクルーシブ教育は国の方針として推進されています。
我が国は,平成 19 年に「障害者の権利に関する条約(平成 18 年国連総会で採択)」に署名し,平成 26 年にこれを批准した。同条約では,(中略)「インクルーシブ教育システム」の理念が提唱された。
文部科学省 特別支援学校教育要領・学習指導要領解説 総則編(幼稚部・小学部・中学部)平成30年3月 第1編 総説
法律でも、2011年から障害者基本法の教育の方針として、障害児が他の子と共に教育を受けるために、国や自治体は必要な対策を講じなければならないと定めています。参考: 内閣府 障害者基本法 第十六条
2) 幼稚園、保育所でも推進
文部科学省
文部科学省は、インクルーシブ教育システム構築のためには「特別支援教育の推進」が必要としており、そのための課題の一つに下記をあげています。
- 幼稚園の特別支援教育体制の充実
- 保育所等における早期支援の充実
特別支援教育は、(中略)平成19年度からは改正学校教育法の施行により、全国の幼稚園、小学校、中学校、高等学校、中等教育学校及び特別支援学校において、支援体制の整備が進められている。(中略)厚生労働省との連携により、保育所も支援対象機関に加えることができることとなっている
文部科学省「特別支援教育の体制整備の推進」初等中等教育局特別支援教育課
厚生労働省
厚生労働省が管轄である保育所等でも、インクルーシブ教育と合理的配慮の推進を行っています。
また、保育指針として「障害児に適切な環境下での指導計画を作成すること」を示しています。
障害のある子どもの保育については、一人一人の子どもの発達過程や障害の状態を把握し、適切な環境の下で、障害のある子どもが他の子どもとの生活を通して共に成長できるよう、指導計画の中に位置付けること。また、子どもの状況に応じた保育を実施する観点から、家庭や関係機関と連携した支援のための計画を個別に作成するなど適切な対応を図ること。
告厚生労働省 告示第百十七号 保育所保育指針
3)
平成28年4月に「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律(障害者差別解消法)」が施行され、全ての公立学校等において、障害のある幼児児童生徒(以下、「児童生徒等」と記す)へ、必要に応じて合理的配慮を提供することが義務化されました。
千葉県教育委員会 合理的配慮事例集
4)
障害児の場合、平均的な教育しか与えられない一般的な条件下や教育開始が遅れた場合では、健全な発達が困難な場合が少なくないのであって、計画的・継続的・系統的な教育の提供は、彼らが正常な発達を獲得するには必要で十分な条件となる
五十嵐信敬ら(編)(2000)「教職教養 障害児教育(2訂版)」コレール社
5)
「合理的配慮」とは、(中略)学校の設置者及び学校に対して、体制面、財政面において、均衡を失した又は過度の負担を課さないものです。
独立行政法人 国立特別支援教育総合研究所 インクルDB
6)
重すぎる負担があるときでも、障害のある人に、なぜ負担が重すぎるのか理由を説明し、別のやり方を提案することも含め、話し合い、理解を得るよう努めることが大切です。
内閣府 障害者差別解消法リーフレット
7)
発達障害の子どものため試行錯誤を重ねて10年。その結果、他の子の理解度も上がり、90%が「授業が分かる」と答えるようになりました。
NHK福祉情報サイトハートネット「発達障害の子どもたち 学校での合理的配慮とは?」
8)
今、中学校の現場に入って1番思うこと、それは先生たちの理解力不足です。
NHK福祉情報サイト ハートネット「障害のある子どもの学校生活の悩み(2017年6月“チエノバ”)p.2」とんとんさん/三重県/20代/教員
通常学校に通う子供たちの悩みをやはり頭ではわかっていても、少数だから実際に想像できない先生がおおいように思います。
やはり、ある程度のキャリアを重ねてしまうと難しい……だからこそ新規採用の教員はまずは特別支援学校で勤務することが大切なのではないかと思います。実際に特別支援教育のノウハウを実践していないと、応用は出来ないと感じる毎日です!
9)
上野・中村(2011)は,小学校における通常学級教師に対してインクルーシブ教育に対する調査を行なった。その結果,インクルーシブ教育の必要性は認識しているものの,現状から見ると困難であるという意識があったり,インクルーシブ教育に対して消極的であったりする意見も見られた。同じような調査は,権・半澤・田中(2012)や今枝・楠・金森(2013)でも実施されている。
髙橋純一,松﨑博文(2014)「障害児教育におけるインクルーシブ教育への変遷と課題」人間発達文化学類論集 第19号 p.22
10)
また、1番気になるのは、学校が歩み寄ろうとしている中、当事者ではない保護者側の特別支援教育に理解のない方が多いのも事実。子供に保護者が勉強できないとなかよし(支援学級)にいかされるよと言ってたり、子供達から親から聞いたような言葉(バカだからいくの?)などを言ってきたりします。親の年代こそ学ぶ場が必要だと思います。
チエノバ あやじいさん/沖縄県/30代/特別支援教育補助者
11)
私は自分の子どもを「諦めて」支援校に行かせているわけではありません。普通級で普通の子と同じになることに努力し時間を費やすなら、主体的にやりたいことを思いっきりやるために支援校へ進学させました。
チエノバ 丘の人さん/東京都/30代/母親
支援級・支援校を「諦めた人たちの行き場」と言われるのは心外です。(中略)
物理的に同じ場所に居ることだけが共生では無いはず。
今後放送内で「普通級に入れることができてよかった」かのような表現がされないことを願います。
12)
トラブルが起きて、その子たちにかかりきりになる間、他の子どもには自習をさせているのを申し訳なく思っています。
支援を受けている子ども自身も、「みんなに迷惑をかけているのではないか」と心苦しく思っていることに気付き、発達障害のある子と、そうでない子のどちらも助けられていないと飴子さんは悩みます。他の先生に補助を求めたくても、どのクラスも大変で、なかなか助けてもらえないのが現実。学校は慢性的な人手不足に悩んでいます。
NHK福祉情報サイトハートネット「発達障害の子どもたち 学校での合理的配慮とは?」