自閉症スペクトラムの障害受容|難しい理由

2022年5月23日

自閉症スペクトラムの障害受容が難しい理由

親にとって、わが子が自閉症スペクトラムや知的障害ということを受け入れることは、ダウン症などに比べて難しいと言われています。その理由について、まとめてみました。

理由①確定診断がされずらい・外見特徴がない

多くの専門家があげている理由の1つは、自閉症スペクトラムや知的障害は、血液検査や染色体検査などで確定診断できる障害ではなく、外見的にも特徴がないためです。

自閉症児をもつ母親の障害受容を困難にしている要因として、外見上に障害が表れないこと、発達が不均衡であることなど自閉症固有の特徴が関係していることも考えられる。

一般社団法人 日本特殊教育学会「就学前期における自閉症児の母親の障害受容過程」東京都立大学大学院人文科学研究科 夏堀 摂(2001)特殊教育学研究 39 (3), Pp.11-22,

発達障害は「目に見えにくい障害」であるため、本人も周囲も理解が難しく、受容に時間がかかるといわれている。

埼玉大学紀要 教育学部、63(2):49-59(2014)「特別な支援を要する子どもを持つ保護者の気づきに関する研究」根岸由紀、葉石光一、細渕富夫

そのため、ダウン症とは親の受容過程が違うと言われています。

理由②理解しずらい

自閉症スペクトラムを真に理解することが難しいことも理由の1つです。

専門家は、一般の親はわが子の状態像を理解することが難しく「認めることは容易ではない」と述べています。(立正大学心理学部 田中洋二郎名誉教授:発達障害と家族支援について長く研究)

自閉症や精神遅滞の一部は外見には異常が認められず発達の経過から障害が理解される場合が多い。そのため障害を認識するためには子どもの発達に関する知識がある程度必要となる。一般的に親は発達に関する知識が少ないため、親にとって状態像を客観的に理解し障害を認めることは容易ではない。

障害保健福祉研究情報システム(DINF)「親の障害の認識と受容に関する考察-受容の段階説と慢性的悲哀」中田洋二郎 1995年12月 早稲田心理学年報第27号 Pp.83~92

も息子の診断時、さほど知識はありませんでした。

理由③周囲に理解されない

周囲の人にとってもASDの理解は難しい

自閉症スペクトラムの理解が難しいために、周囲から理解されない事もまた、受け入れることを難しくします。

母親がわが子の状態と自閉症という障害を理解し、合致させることは容易なことではないだろう。それは、家族を取り巻く周囲の人々も同様であろう。

夏堀 摂 (2001)

ASD は家族でさえ理解することが難しい(Sharpley et la., 1997)障害であるが、それ以上に社会の ASD についての認知の低さ、そして誤解や偏見が多い。

研究時評「自閉症スペクトラム障害児・者の家族が抱える問題と支援の方向性」得率特別支援教育総合研究所教育情報部 柳澤 亜希子(2012)特殊教育学研究, 50(4) p.403

理解されない事は受容の阻害要因

障害受容の研究でも、自閉症の母親55人に対する調査で、障害受容の阻害要因の1つ「新たな問題」の具体例として、近親者・周囲に理解されない事誤解・偏見を受けたりする事という回答が報告されています。

診断が確定され障害認識に至っていても新たな問題の生起によって、母親の障害受容は阻害されていた。

夏堀 摂(2001)

回復には支持してくれる人が必要

精神医学のリハビリテーション界で非常に大きな功績を残したアメリカのウィリアム・アンソニー博士は、人生の大惨事からの回復において大切な点を下記のように述べています。

リハビリ_ウィリアム・アンソニー博士
画像はボストン大学より

それなのに周りに理解されない事は、子どもの障害を受け入れ気持ちを回復させようとする力を奪うものになってしまうのです。

理由④外出先での冷たい目線

自閉症スペクトラムの特性では、こだわりやパニック、かんしゃく、外出先で親が困ってしまう行動や不適切な行動をしてしまう子が多いです。参考:西南女学院大学紀要 vol.9「自閉症の子どもを持つ親の支援のあり方に関する検討–自閉症親の会アンケート調査による」釘崎 良子、服巻 繁 (2005) Pp.72-82

しかし、現状の日本では、上記に書いたように、自閉症スペクトラムの正しい知識が周知されているという理想とは程遠い状況です。

発達障害は外見では分からない障害のため、外出先では冷たい目で見られることも多くなります。

このような社会的反応も障害受容を妨げる一因になります。

国立障害者リハビリテーションセンターで心理実験研究室室長を務められ、リハビリテーション心理学や障害児教育方法論をご専門とする南雲直二博士は、そのような冷たい目線を、第2の苦しみ、社会から負わされる苦しみとしています。そして、障害受容には、社会的受容こそが重要と述べています。参考:教育講演「障害受容と社会受容」南雲 直二 (2008) 音声言語医学 49 p.136

障害者が自らを受け入れるには,障害者個人の障害受容プロセスに加えて,「社会が障害者を受容する」過程も必要であると論じたのが南雲である。(中略)

障害者への蔑視や社会的排除を是正して障害を持った個体を包含していこうとすることが社会的受容であり,障害の社会受容により障害者の自己受容も促進されるとしたのである(南雲,2003)

淑徳大学研究紀要 第45号(総合福祉学部・コミュニティ政策学部)「障害受容概念と社会的価値─ 当事者の視点から ─」岩井阿礼 (2011) p.244

理由⑤希望を捨てるタイミングが難しい

「いつか正常に追いつくのでは」という希望

自閉症スペクトラムの場合は、特性が定型発達の幼児と似ています。そのため親は、わが子がいつか正常に追いつくのではないか、もう少ししたら「やっぱり思い過ごしだった」となるのではないか、という希望を持ってしまいます。

親は子どもの発達がいつか正常に追いつくのではないか、あるいは自閉が「治る」のではないかという期待を捨てることが必要となる。それまでは、親は否定と肯定の入り交じった感情の繰り返しを経験せざるをえない。

中田洋二郎 (1995年)

最初は「自閉症」という診断をどうしても受け入れられず、(中略)ドクターショッピングをしていくのです。

しかし、複数の医師から同じことを言われ、彼女はついに診断を受け入れました。そして、次は「療育」を一生懸命にやれば、勇太くんが「普通の子」になれるのではないかと期待します。

“期待した子の死"に悩む障害児の親の半生 最初はだれもが「障害」を否定する PRESIDENT Online 松永 正訓

このような希望による障害への否定と肯定の繰り返しは、親にとって「慢性的なジレンマの状態」というようです。参考:"A Parental Dilemma: The Child with a Marginal Handicap“, Selma K. Willner, Rochelle Crane (1979)、"The family with a handicapped child: a review of the literature", M A Murphy, (1982) J Dev Behav Pediatr 1982 Jun;3(2) Pp.73-82

「親が頑張れは軽くなるのでは」という希望

特に年齢が小さければ小さいほど、希望を捨てられません。

私も、親が頑張れば、いっぱい療育すれば障害の程度が軽くなるんじゃないかと思っていました。

  • ◆参考◆私が希望を手放していった過程
  • 児童発達支援センターの頃は、周りもみんな療育には必死で。施設やPTOTSTにもたくさん通っていました。
  • そして、就学時面談で「特別支援学校」か「地域校の特別支援学級」かの第三者の判定が下されて。なんとなく社会的位置づけが見えてきて。
  • そのうち特別支援学校組では、(子どもの特性が治ることはないんだけれど)小学1~2年生頃にはみんなあまり療育機関へ行かなくなっていって。
  • その頃には親側の障害受容がだいぶ楽になって。子どもへの接し方を一通り学び終え、家庭でも安定した生活を送れるようになっていました。「自分の子の成長曲線がこんなものかと見通しがついて、だいぶ諦められたよね。楽になったよね」という内容の話しをこの頃ママ友さん達とよくしていた気がします。

さいごに

簡単なまとめでしたが、どなたかのご参考になれば幸いです。

また、肯定的な気持ちになるために必要なことをまとめたページも、是非ご一読ください。

その他の障害受容の情報は、下記ページをご覧ください。

最後まで読んで下さって、ありがとうございました!